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ドン・ガバチョとファイブナイン [アマチュア無線]

1970年代、ゆういちの少年期シリーズ、第8弾。

はじめに:
高校生時代、趣味のアマチュア無線を通して藤村有弘さんと繋がった。
その、ひとコマを残したく文字にしてみた。


今日のコンディションはどうだろう?
コンディションといっても、父ちゃん母ちゃんの身体の状態ではなく、地球を取り巻く電離層の状態を言っている。父ちゃん母ちゃんは今のところ元気でピンピンしているのでコンディションを心配する必要はない。
日曜日の朝、電離層を気にしながら起床する高校生は、たぶん日本全国で一万人ぐらいはいるだろうな、間違いなく。その日は小動物が何かの気配に気づくように、電離層の状態が良いと直感した。
我々ハム(アマチュア無線)仲間は無線機を設置している部屋を“シャック”と呼び、僕の勉強部屋兼寝室がそのシャックと兼用だ。まだあった、弟の部屋とも兼用、兼用ばかりで窮屈なシャック。
机の上には無線機とスタンドマイク、トランプのプラケースで手作りした電鍵(※1)、ログノート、CQ誌(アマチュア無線の月刊誌)等々でフリーマーケット状態となっているため、高校の教科書や勉強道具は右側の棚の中に押し込んでいる。時々、自分は高校生をやめて、このまま無線の仕事に就ければいいのにと思うことがある。
ライセンスは2級を取得しているけど、空中線電力は十ワットで細々と運用。
このシャックは日本全国、いや世界と繋がっているということが少しばかりの自慢だ。

今日も仕事、仕事と言いながら、鼻クソをくじってから、リグ(無線機)の右側の電源スイッチをオンにすると、副ダイヤル部とメーターに照明が点灯しヘッドホンからパラパラという雨のようなノイズが聞こえてきた。BANDが7MHzになっていたため21MHzへ、MODEをLSBからUSBへ切り換えた。リグ中央に存在感のある大きな同調つまみを時計方向に指ではじいて周波数の手動スキャンをしてみると、見事に多くの局が入感した。
ほら、やっぱりこの小動物の直感は正しかった。
今日のコンディションは中の上だな。
次に、いつでも交信できるように送信準備に取り掛かった。
スタンバイスイッチをSENDに上げ、METERつまみをRFに、
PLATEつまみと LOADつまみを手早く交互に回して、メーターが振れる最大を探しての調整だ。このルーチンは目を閉じてもできると思い、先日挑戦してみたがメーターが最大になるのが目視で確認できなかったためあきらめている。
ここは九州の南。
21MHzバンドは電離層との関係で関東の局が強力に入感するが、九州、四国、中国地方の局はまず入感することはない。
また、関東と九州のハム人口のアンバランスのためか、僕がマイクに向かって「CQ CQ CQこちらは、JR6B**」と電波を出すと、関東から北の多数の局から一斉に呼ばれる。ひとつの交信が終わると、待機している多数の局からまた一斉に呼ばれ、束の間の人気者になる。この一斉に呼ばれることは、ハム仲間ではパイルアップとよんでいる。

いつものように、同調つまみを21.150MHzから21.300MHzの間を行ったり来たりさせながらウォッチを続けていた。21.2MHz台が特に人気の周波数帯なため、そのあたりを重点的にヘッドホンからの音に集中しながら丹念に回した。
もし、後ろから見ている人がいたら聴診器を使って、金庫を開けようとする怪しい人に見えるかもしれない。
ラジオでチューニングするように、いつも決まった局が聞こえてくるわけではなく、毎日違う局が飛び込んでくるため、宝物探しをしているようで飽きることはない。

あれ、これは? 少し様子が違う場の雰囲気を察知した。
関東の局がパイルアップになっているではないか。
ありえないぞ、これはかなり珍しい現象で何かワクワクしてきた。
何々? どういうことだろう? 今までこんなことには遭遇したことがない。
主に、九州や北海道から多数の局が一斉に呼んでいるようだ。
突然、「はい、こちらJH1BAN……」とパワフルな声が聞こえた。
えっ! JH1BANさんはハム仲間の間で有名な人物。
いやハム仲間だけではない、喜劇役者としてテレビや映画などで有名、NHKの「ひょっこりひょうたん島」ドン・ガバチョの声の人なのだ。
JH1BAN、藤村有弘さんが、そこにいる。
僕は、JH1BAN局に同調を始めた。ほんの少しのずれでも声がモゴモゴと低くなり、逆方向にずらすと女性の声のように高くなってしまうのだ。これ以上の同調は無いというほど究極に同調させて準備を整え鼻から深く息を吸った。
鼻クソのヒラヒラを感じなかったので完璧だ。
don_gava.png
その交信が終わったので、何度も何度も自分のコールサインを犬のように叫び続けた。
しかし、あっけなく他の局との交信が始まったため、自分がはじかれていることを悟った。福引の抽選機から当たり玉が出てこなかったように肩を落とした。
まだまだチャンスはある。その交信が終わるのを待ち、自分のコールサインを再び犬のように叫び続けたが、抽選機から当たり玉は出てこなかった。
その交信内容は「いつも応援していますよ!」というような、一歩踏み込んだ会話はなく、相手の信号強度、自分の住所と名前、天候、ぐらいなものだけど、皆犬のように叫んで競いあい交信を求めている。
何十回挑戦したことか、抽選機から当たり玉が出てくることはなかった。
コンディションも時間がたてば、黒い雲が空を覆って夕立が来るように、いつ激変するかわからない。また、相手局の都合でいつQRT(送信の中止)するかもしれない。
ひどく焦って自分のコールサインを犬のように吠え続けた。
「JR6B** JR6B** over」
「JR6B** JR6B** どうぞ」
色々と言い方をかえてみた。

その時、電波強度が弱いはずの僕の声を藤村さんが聞き分けてくれたのだ。
単なる偶然に福引の抽選機から当たり玉が出てきたわけじゃなく、藤村さんが僕の声を拾ってくれたのだと感じた。大豆と小豆が入り混じったお皿からお箸で、丁寧に小豆を拾い上げてくれたように。
JH1BAN:「え―――、JR6そのあと何でしょう?」
とても存在感のある声で返事をしてくれた。
僕はテンションが上がると両足を自然にグ―にする癖がある。
藤村さん相手なので両足をグ―にしないわけにはいかない、両足がグーになると同時にスタンドマイクのPTTスイッチを確実に押し、「JR6B**、JR6B**」と犬をやめて、確実に相手に伝わるように連呼して返した。
JH1BAN:「了解、JR6B** ファイブナインで入感しています」
間違いない、僕への返事である。
「ありがとうございます、こちらからもファイブナイン(※2)です、五十九で入感しています」
交信時間は砂時計の砂が全て落ち切ることはなく一瞬に、社交辞令的な会話だけで、
「センブンティー・スリー」(※3)の言葉で終わった。
机の上のログノートには日時、JH1BAN、59、59、21、A3Jと丁寧に記録した。

ほんの一瞬であったが、僕はこの九州の田舎から東京の有名人とのコンタクトが実現
したことが夢のようだった。両親や弟のこと、畑の落花生のこと、土曜日に宿題を出した学校の先生のこと、海を見ながらのバス通学のこと、そんな僕の空間にドン・ガバチョが飛び込んできた初夏の出来事だった。

リグの電源スイッチに付いていた鼻クソを弾き飛ばして、
「♪波をジャブ ジャブ ジャブ ジャブ かきわけて」
「♪雲をスイ スイ スイ スイ 追い抜いて」と歌いながら、
グーになった足のままシャックの椅子から立ち上がろうして転びそうになるや否や軽やかに踵を返した。
裏の洗い場で掘り起こしたばかりの里芋や落花生をゴシゴシしている母ちゃんに、自慢げに藤村有弘さんと無線で話をしたと教えてあげた。
母ちゃんは、忙しそうに蚊を払いながら、へぇー何の話をした? と言った。
僕は答えに困ったので続きを歌った。
「♪だけど僕らはくじけない―――、泣くのはいやだ、笑っちゃおう」
「♪すすめぇ―――ひょっこりひょうたん島……」

その夜、滑稽な動きのドン・ガバチョの人形が夢に出てきて、
また僕に「ファイブナイン」と言ってくれた。

おわり


(※1)電鍵
トン・ツーでお馴染みのモールス符号を打つ機械式のスイッチ。

(※2)ファイブナイン:
5は1~5の了解度、9は信号強度1~9を示す。
ハム仲間では状況によって正確なメーターの読み値をやりとりしているわけではなく、
交信相手が明瞭であれば、相手に伝える挨拶のようなもの。

(※3)センブンティー・スリー
73、ハム仲間では、「敬具」や「さようなら」を意味する。


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ネットワーク環境でのスキャンが突然できなくなった [PC]

CANON インクジェットプリンターTS8230を部屋の片隅に設置しWi-Fi接続で使用していたのだが、突然ネットワーク環境でのスキャンができなくなった。
たしか数週間前までは問題なくパソコンに取り込みができていたのだが……
パソコン画面にはスキャン中の小さなウィンドウ表示と進行バーがスキャナー動作する振る舞いをするが、途中でエラー表示になってしまうのだ。
このインクジェットプリンターTS8230はGoogle Driveに直接アップロードする機能があり、可能であればそちらを利用したいのだが、実は純正インクを使用していないためペナルティで使えない。純正インクタンクにインクを足して使っているのだが利用ができない。今回、念のためGoogle Driveの設定をトライしたがやはりできなかった。
Google Driveへの直接アップロードはあきらめるとし、ネットワーク環境でのスキャンを解決しなければならない。
こんなクソ暑い日に、まったく……余計な仕事が増え、気が乗らない。
ちなみにパソコンはWindows10。
DSC_0074.jpg

下図のエラーが表示されてスキャナーデーターがパソコンに取り込めない。
何度やってもエラー、パソコンを再起動してもエラー、もう一台のパソコン(Windows10)でもエラー、一生懸命念じてもエラー。エラーは直りそうもない。
エラー表示は「以下の理由でスキャナーとの通信ができません」と言っている。
理由は以下だとのこと。
 -スキャナーの電源が入ってない。
 -(有線LAN環境でのご使用の場合)有線LANに接続されていない。
 -(Wi-Fi環境でご使用の場合)障害物などで電波の状態が悪い。
 -セキュリティソフトなどでネットワーク接続が禁止されている。
 -ネットワーク上の異なるスキャナーが選択されている。

役立たない情報だと思って読んでいたら、セキュリティソフトと書かれていたので、そうかウィルスバスターだったのか。ちょっと元気になってきた!
ウィルスバスター終了→ ダメ
ガクン、さっきより気持ちが萎えた。
Windows標準のファイアウォールを全部無効にしてみたが、ダメ。
CANON_TS8230_ERROR.PNG

ググってもピンポイントに教えてくれる情報はなく、いくつか設定変更を試してみたが改善することはなかった。変更した設定はそのまま放置のため、後にこれが原因でパソコンから今はやりの“倍返し”されることになるかもしれない。

スキャンデーターは家庭内ネットワークを介してパソコンのドキュメントフォルダに保存されるように設定しているため、ドキュメントフォルダのプロパティから共有設定を確認してみると、共有設定がオフになっていることに気がついた。
その共有設定をオンにし、Everyoneをフルコントロールにしたらあっけなく改善したのだ。
ということは、共有設定が何らかの原因でオフになってしまっていたのか……

【スキャンデーターの保存先をドキュメントフォルダにしている場合の手順】
ドキュメントフォルダ右クリック→プロパティ
下記が表示されるので、「共有」タブ→「詳細な共有」
share_win1.PNG

「このフォルダーを共有する」がチェック無しになっている。
share_win2.PNG

「このフォルダーを共有する」にチェックを入れる。
さらに、「アクセス許可」をクリック。
share_win3.PNG

「Everyone」を選択した状態で、フルコントロール、変更、読み取りがすべて「許可」のチェックを入れる。
share_win4.PNG

もう一台のパソコンも共有設定がオフになっていたため、同手順で改善した。
Windows Updateか何かでパソコンの設定が変更されてしまったのか?セキュリティソフトが親切にもセキュアーな状態に変更してくれたのかはわからない。


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どぶんと消えた亀 [手記]

1970年代、ゆういちの少年期シリーズ、第7弾。

僕は生き物が大好きな小学三年生、いつも友達と近くの野山で昆虫採集やザリガニ釣りを楽しんでいる。勉強は中の下をキープするように自分で遊びとのバランスを考えて、うまく調整しているのだと思っている。
そう、ごくごく普通の小学生。
特徴を挙げるならスポーツが苦手なのにヘアスタイルがスポーツ刈りってとこかな。

そんな僕は、いつものように暗くなるまで遊んで自宅のボロアパートへ向かっていた。近所の住宅からの夕餉の支度の匂い、食器がカチャカチャなる音、談笑する温かい家庭を感じながら空腹を倍増させていた。どこからか三波春夫の「世界の国からこんにちは」が聞こえてきた。着物のおじさんが演歌のようにうたう歌は好みじゃないけど、「♪せんきゅうーひゃく、ななじゅうーねんの」のフレーズが格好良く、気がつくと自然に口ずさんでいた。
「♪せんきゅうーひゃく、ななじゅうーねんの」…
空腹を三倍ぐらいにして夕飯のおかずは何かと考えながら頭の中で歌っていると、
自分の拳ふたつ分ぐらいの亀に出会った。
夕飯のおかずはオリエンタルカレーがいいなと思う瞬間と同じだったので、オリエンタルカレーとスプーンがどこかへ吹き飛んでいってしまった。
ありゃりゃ。
いや、自分の拳ふたつだと亀の形にならないので、お父ちゃんの拳ひとつぐらいに修正しておこう。こんな生き物好きな僕でも、今まで手が届くところで亀に巡り合うことはなかった。
うれしくなって、“お父ちゃんの拳”を拾い上げてみた。
重くて固くて頑丈だ。
小学生の男子は、重くて固くて頑丈なものが大好きなのだ。
重くて固くて頑丈なものが好きな小学生は僕だけか? まっいいや。
亀の種類がわかるほど知識はなかった。たぶんクサガメかイシガメのどちらかだけど、正しい種類を知ったところで何のメリットも感じなかったので生き物図鑑で調べようとは思わなかった。
眉間にしわを寄せるようにして頭が引っ込んだ穴を覗くと、わーっと突然飛び出して噛みつこうとはしなかった。口が尖ったスッポンじゃなかったので安心した。
周りを見回しても、この道端にお父ちゃんの拳の持ち主はいないようなので、すぐそこのボロアパートへ連れて帰ることにした。

家には、予想通りお母ちゃんと弟がいた。印象強くお披露目するために、お父ちゃんの拳を後ろ手にしてから二人の前で「ジャーン」と言って見せた。
弟は、嬉しそうにニコニコして、甲羅の固さを確認していたが、何か食べさせたくて仕方ないみたいだ。お母ちゃんは、法に触れるぐらいの悪いことをしない限り何に対しても、寛大に振る舞ってくれるので、すぐにこのタライを使いなさいと準備してくれた。
お父ちゃんの拳をタライに入れて、気を利かせて水をなみなみ入れてあげた。しかし、このままずっと泳がせていると溺れて死んでしまう気がしたので、お腹が浸かるぐらいの水に減らしたので亀が胸をなでおろしているようだった。
夕ご飯にしようかとしている頃、お父ちゃんが帰ってきてタライを掴んで中の亀を観察した。それと同時に僕は、タライを掴んだお父ちゃんの拳をよく観察した。
お父ちゃんの拳と亀は似ても似つかなかったので、亀をお父ちゃんの拳と呼ぶのをやめた。
お父ちゃんはそれっきり関心を示さず、テレビの前に座って新聞のテレビ欄から見始めた。
夕飯がちゃぶ台に並び食事が始まると、お母ちゃんが、このままずっと亀をタライで飼うわけにはいかないので、学校に寄贈すればよいのではないかと言い出した。
お父ちゃんはテレビを見ながら咀嚼を続け、「ハヨカメ」と言った。
お父ちゃんは九州の出身なので時々方言が出てくる。ハヨは早く、カメは食べろという意味。ご飯を早く食べ始めろと言っているので、この家族会議の議題には興味はないようだ。
でも、“カメ”という言葉でひっかけてくれたので少しは気にしてくれているのだと嬉しかった。
弟は別れが惜しいのか、後ろのタライにふりかえった。
僕が亀を寄贈することで、学校での地位と理科の成績が少しばかり上がるかもしれないと思い、誇らしい気持ちになった。
夕飯はオリエンタルカレーじゃなかったけど亀の寄贈の話で満腹になった。

次の朝、お父ちゃんが縄を使って亀を縛り始めた。古新聞を縛っていることはよくあるが、亀を縛っているお父ちゃんの姿を初めてみた。
何をするのだろうと、亀とお父ちゃんの拳を観察していると、亀は十文字掛け結びにさせられそうになり、頭が出なくなるので四十五度回転した十文字掛け結びに縛り直された。
そして、甲羅の天辺から真上へ一本結ばれ、吊り下げられるようになった。親切にも僕が持つ縄の端の部分は手が入るように丸い取っ手が付けられていた。
亀をぶら下げて、学校へ持って行けということは火を見るより明らかだ。
ちょっと恥ずかしいけど、せっかくお父ちゃんが四苦八苦して縛り上げてくれたものだから、亀を学校にぶら下げて行くしか選択肢はなかった。

ボロアパートから学校までの道路脇には幅一メーターぐらいの用水路があり流れは比較的速い。時々、ダイハツの三輪ミゼットが転落しているちょっぴり怖い用水路だ。
亀はこの流れの速い川で流されてやってきたのかと考えながら学校へ向かった。
亀は甲羅を中心にバランスがいいが、回転が始まるとこりゃまた止まらない。
クルクルクル……
僕は、さっき、ちょっと恥ずかしいけどと思ったのは、生き物をいじめている悪い子どもと自分が重なったからかもしれない。
登校しているほかの小学生も大人も皆、僕を見ているように思えてきた。
どう見ても、自分は浦島太郎の挿絵に出てくるいじめっ子役の方だと思った。
いつもより早歩きで学校へ向かった。
kame_kaeru.png
職員室を訪ねて担任の先生に相談するとか、学校へ到着してからの自分のとるべき行動は全く計画していなかった。
僕は、そのまま亀をぶら下げて教室の自分の席に座り、目が回って空中で水かきしている亀を床に着地させた。
同級生はなぜ亀を学校に持って来たのだろうと不思議に思っていることだろうけど、頭が真っ白くなり、友達にも説明ができなくなった。
やがて朝礼が始まったが、僕は「この亀を学校の池に寄贈するために持ってきました」と先行して発言ができなかった。たとえ発言したとしても「この池を亀の学校に寄贈するために持ってきました」と言ってしまったかもしれない。

教室内のいつものざわつきと違うことに気がついた若い女の先生は亀を用水路に逃がして来なさいと僕に言いつけた。
用水路に?
僕はその時気がついた。この小学校には池が無かったことを。
幼稚園には池があったのでてっきり池があるものだと勘違いしていたのだ。

僕は、亀をぶら下げてそっと教室を出た。
そして、お父ちゃんお母ちゃんの顔を思い出しながら亀を用水路に投げ込んだ。
“どぶん”と音がして一瞬にして亀は消え、流れの速い用水路の水面はなにもなかったように元の様子に戻っていた。
あっ、しまった…… 、あーあ、行ってしもうた!
亀を縄で十文字掛け結びに縛ったままだったと気がついた時にはもう手遅れだった。
どぶんという音で、一瞬にして亀の物語に幕が下りたのだ。
僕は亀との出会いから今までを何も無かったことにしたくなり、
「♪せんきゅうーひゃく、ななじゅうーねんの、コ・ン・ニ・チ・ハ―――」と
頭の中で思いっきり歌った。

おわり


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