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どぶんと消えた亀 [手記]

1970年代、ゆういちの少年期シリーズ、第7弾。

僕は生き物が大好きな小学三年生、いつも友達と近くの野山で昆虫採集やザリガニ釣りを楽しんでいる。勉強は中の下をキープするように自分で遊びとのバランスを考えて、うまく調整しているのだと思っている。
そう、ごくごく普通の小学生。
特徴を挙げるならスポーツが苦手なのにヘアスタイルがスポーツ刈りってとこかな。

そんな僕は、いつものように暗くなるまで遊んで自宅のボロアパートへ向かっていた。近所の住宅からの夕餉の支度の匂い、食器がカチャカチャなる音、談笑する温かい家庭を感じながら空腹を倍増させていた。どこからか三波春夫の「世界の国からこんにちは」が聞こえてきた。着物のおじさんが演歌のようにうたう歌は好みじゃないけど、「♪せんきゅうーひゃく、ななじゅうーねんの」のフレーズが格好良く、気がつくと自然に口ずさんでいた。
「♪せんきゅうーひゃく、ななじゅうーねんの」…
空腹を三倍ぐらいにして夕飯のおかずは何かと考えながら頭の中で歌っていると、
自分の拳ふたつ分ぐらいの亀に出会った。
夕飯のおかずはオリエンタルカレーがいいなと思う瞬間と同じだったので、オリエンタルカレーとスプーンがどこかへ吹き飛んでいってしまった。
ありゃりゃ。
いや、自分の拳ふたつだと亀の形にならないので、お父ちゃんの拳ひとつぐらいに修正しておこう。こんな生き物好きな僕でも、今まで手が届くところで亀に巡り合うことはなかった。
うれしくなって、“お父ちゃんの拳”を拾い上げてみた。
重くて固くて頑丈だ。
小学生の男子は、重くて固くて頑丈なものが大好きなのだ。
重くて固くて頑丈なものが好きな小学生は僕だけか? まっいいや。
亀の種類がわかるほど知識はなかった。たぶんクサガメかイシガメのどちらかだけど、正しい種類を知ったところで何のメリットも感じなかったので生き物図鑑で調べようとは思わなかった。
眉間にしわを寄せるようにして頭が引っ込んだ穴を覗くと、わーっと突然飛び出して噛みつこうとはしなかった。口が尖ったスッポンじゃなかったので安心した。
周りを見回しても、この道端にお父ちゃんの拳の持ち主はいないようなので、すぐそこのボロアパートへ連れて帰ることにした。

家には、予想通りお母ちゃんと弟がいた。印象強くお披露目するために、お父ちゃんの拳を後ろ手にしてから二人の前で「ジャーン」と言って見せた。
弟は、嬉しそうにニコニコして、甲羅の固さを確認していたが、何か食べさせたくて仕方ないみたいだ。お母ちゃんは、法に触れるぐらいの悪いことをしない限り何に対しても、寛大に振る舞ってくれるので、すぐにこのタライを使いなさいと準備してくれた。
お父ちゃんの拳をタライに入れて、気を利かせて水をなみなみ入れてあげた。しかし、このままずっと泳がせていると溺れて死んでしまう気がしたので、お腹が浸かるぐらいの水に減らしたので亀が胸をなでおろしているようだった。
夕ご飯にしようかとしている頃、お父ちゃんが帰ってきてタライを掴んで中の亀を観察した。それと同時に僕は、タライを掴んだお父ちゃんの拳をよく観察した。
お父ちゃんの拳と亀は似ても似つかなかったので、亀をお父ちゃんの拳と呼ぶのをやめた。
お父ちゃんはそれっきり関心を示さず、テレビの前に座って新聞のテレビ欄から見始めた。
夕飯がちゃぶ台に並び食事が始まると、お母ちゃんが、このままずっと亀をタライで飼うわけにはいかないので、学校に寄贈すればよいのではないかと言い出した。
お父ちゃんはテレビを見ながら咀嚼を続け、「ハヨカメ」と言った。
お父ちゃんは九州の出身なので時々方言が出てくる。ハヨは早く、カメは食べろという意味。ご飯を早く食べ始めろと言っているので、この家族会議の議題には興味はないようだ。
でも、“カメ”という言葉でひっかけてくれたので少しは気にしてくれているのだと嬉しかった。
弟は別れが惜しいのか、後ろのタライにふりかえった。
僕が亀を寄贈することで、学校での地位と理科の成績が少しばかり上がるかもしれないと思い、誇らしい気持ちになった。
夕飯はオリエンタルカレーじゃなかったけど亀の寄贈の話で満腹になった。

次の朝、お父ちゃんが縄を使って亀を縛り始めた。古新聞を縛っていることはよくあるが、亀を縛っているお父ちゃんの姿を初めてみた。
何をするのだろうと、亀とお父ちゃんの拳を観察していると、亀は十文字掛け結びにさせられそうになり、頭が出なくなるので四十五度回転した十文字掛け結びに縛り直された。
そして、甲羅の天辺から真上へ一本結ばれ、吊り下げられるようになった。親切にも僕が持つ縄の端の部分は手が入るように丸い取っ手が付けられていた。
亀をぶら下げて、学校へ持って行けということは火を見るより明らかだ。
ちょっと恥ずかしいけど、せっかくお父ちゃんが四苦八苦して縛り上げてくれたものだから、亀を学校にぶら下げて行くしか選択肢はなかった。

ボロアパートから学校までの道路脇には幅一メーターぐらいの用水路があり流れは比較的速い。時々、ダイハツの三輪ミゼットが転落しているちょっぴり怖い用水路だ。
亀はこの流れの速い川で流されてやってきたのかと考えながら学校へ向かった。
亀は甲羅を中心にバランスがいいが、回転が始まるとこりゃまた止まらない。
クルクルクル……
僕は、さっき、ちょっと恥ずかしいけどと思ったのは、生き物をいじめている悪い子どもと自分が重なったからかもしれない。
登校しているほかの小学生も大人も皆、僕を見ているように思えてきた。
どう見ても、自分は浦島太郎の挿絵に出てくるいじめっ子役の方だと思った。
いつもより早歩きで学校へ向かった。
kame_kaeru.png
職員室を訪ねて担任の先生に相談するとか、学校へ到着してからの自分のとるべき行動は全く計画していなかった。
僕は、そのまま亀をぶら下げて教室の自分の席に座り、目が回って空中で水かきしている亀を床に着地させた。
同級生はなぜ亀を学校に持って来たのだろうと不思議に思っていることだろうけど、頭が真っ白くなり、友達にも説明ができなくなった。
やがて朝礼が始まったが、僕は「この亀を学校の池に寄贈するために持ってきました」と先行して発言ができなかった。たとえ発言したとしても「この池を亀の学校に寄贈するために持ってきました」と言ってしまったかもしれない。

教室内のいつものざわつきと違うことに気がついた若い女の先生は亀を用水路に逃がして来なさいと僕に言いつけた。
用水路に?
僕はその時気がついた。この小学校には池が無かったことを。
幼稚園には池があったのでてっきり池があるものだと勘違いしていたのだ。

僕は、亀をぶら下げてそっと教室を出た。
そして、お父ちゃんお母ちゃんの顔を思い出しながら亀を用水路に投げ込んだ。
“どぶん”と音がして一瞬にして亀は消え、流れの速い用水路の水面はなにもなかったように元の様子に戻っていた。
あっ、しまった…… 、あーあ、行ってしもうた!
亀を縄で十文字掛け結びに縛ったままだったと気がついた時にはもう手遅れだった。
どぶんという音で、一瞬にして亀の物語に幕が下りたのだ。
僕は亀との出会いから今までを何も無かったことにしたくなり、
「♪せんきゅうーひゃく、ななじゅうーねんの、コ・ン・ニ・チ・ハ―――」と
頭の中で思いっきり歌った。

おわり


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センニン

ご訪問 & nice! ありがとうございました。
また遊びに来ます。
by センニン (2020-09-05 20:09) 

我流麺童

ご訪問 & nice! 有難うございました。
オリエンタルカレーやダイハツミゼット、世界の国からこんにちは・・
自分と同じ昭和の香りがしますね!!
by 我流麺童 (2020-09-06 06:23) 

ゆういち

センニンさん、我流麺童さん
コメントありがとうございます。
by ゆういち (2020-09-06 09:10) 

ラック

あっ、あー亀さん!
何か切なくなりました。
by ラック (2020-09-06 11:33) 

ゆういち

ラックさんこんばんは
ご訪問ありがとうどざいます。
そうなんです、切ない思い出です。
by ゆういち (2020-09-06 23:02) 

モリユウ

いい記事でした、有り難うございます。
by モリユウ (2020-09-07 08:45) 

ゆういち

モリユウさんご訪問ありがとうございます。
モリユウさんの素敵な昭和もファンのひとりです。

by ゆういち (2020-09-07 22:40) 

makkun

ゆういちさん
こんにちわ~(^^
残念ながら私の日記はついに最後になりました~
短い間のお付き合いでしたが心からの感謝と共に
お元気でお過ごし下さ~い。
ありがとうございました~o(*^▽^*)o~♪

by makkun (2020-09-08 09:47) 

ゆういち

makkunさん
ご丁寧にありがとうございます、お元気で!
by ゆういち (2020-09-09 18:54) 

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